2002/07
うめ・すみれ組園児保護者 高橋 様
私は未熟児で東京では育てられないと医者に言われ、ここ鷲宮に住むことになりました。
全く知らない土地で母の仕事も限られ、なかなか都合の良い職場がなかったそうです。
私自身、妻も鷲宮保育園の卒園児です。
最初は私は母と離れるのがつらくて、園に慣れるまで泣いてばかりでした。
母は常に動いており、休んでいる姿を見かけたことはあまりなかったように思います。友達の母親にあこがれ、仕事しないで家にいてと母に言ったときはつらかったと思います。
おゆうぎ会など園の行事の時も私たちのときはほとんど参加できなかったので、孫の行事をその分楽しみにしていると言っていました。
今私がこうして家庭を持ち、生活していけるのはあの時の母の強さがあってのことだと思います。また泣いてばかりいた私を明るく楽しく成長させてくれたのは鷲宮保育園の皆さんと回りの人たちのおかげだと思います。ありがとうございました。
また今後も親子ともどもよろしくお願いします。
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