お父さんの作文 2015年度

2015年度

2016/03 うめ組園児保護者 大沼様

幼少期の思い出

わたしのふるさとは山形です。夏休みには必ず帰省し、いとこ達と一緒に川遊びや魚つり、昆虫採集などしました。特に川遊びがおもしろく、毎日のように入っては泳いでいました。いとこたちと泳ぎの競争をしたりしていたので、泳ぐのは好きで上手になりました。
とにかく外で遊ぶことが大好きで缶けり、めんこ、コマ回し(かなり古いですが)などよくやりました。なつかしいです。
父ともよく釣りに出かけました。父は釣りがうまくコツなどをよく教わりました。釣った魚は父がさばいてくれ、それを食べるのも食事のたびに楽しみでした。釣りは今現在の趣味にもなっています。父に感謝です。
私の子ども達にもわが家ならではのいろいろな経験をさせ、一緒に楽しい思い出を作っていきたいと思っています。

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2016/02 園児 父様

かわいい2人の我が子へ!

5才の大斗、3才の大希へ。
元気いっぱいに育ってくれてありがとう。
いつもお兄ちゃんの真似をしているだいちゃん。そして、兄弟ケンカもたくさんするけど弟想いのひろと。
本当に君達のパパになれて嬉しいです。パパはずーっと小さい時からおじいちゃん、おばあちゃんに迷惑かけてとても元気な子供だったよ。大斗も大希もたくさん迷惑かけて良いからね~。その時は沢山おこらせてもらうけど(笑)
そのままいつまでも兄弟仲良く、元気に成長してね。そして元気に保育園に通ってね。今、パパの1番の心配は大斗くんの指しゃぶりです。徐々に治していこうね!!

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2016/01 うめ組園児 父様

楽しく明るくいきましょう

この原稿を書くにあたり、むすめの希花と同じ五歳のころを思い出そうとしましたが、う~んいまいちぱっとせず・・・
「これはアカン!」と実家の母にTELしてみると、五歳の僕はいつも先頭に立って歩く男の子だったそうです。どこに行くにも親の後ろに隠れることなく、一番前を肩で風を切って歩いていたそうです。
そんな僕が育った大阪は、誰かがボケたら誰かがツッコむ、皆が皆面白いことを言い、周囲を楽しませたいという街でした。ただ緑が少なかったので、鷲宮第二保育園のあるこちらは自然豊かで、子どもが育つにはとても良い環境だなぁと日々実感しております。
そんな中で二人の子供たちがやさしい先生方に育まれ、心豊かに毎日楽しく、いつも笑顔で大きくなってくれたと見守っております。そして、皆様の笑顔のためなら、どんなおもしろいことでもやりましょうぞ。

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2015/12 園児保護者 野口様

怒って泣いて笑って

パパも蒼空と同じ4歳の時保育園に行ってたんだよ。蒼空も大好きな保育園に元気に通っているね。
仮面ライダーやウルトラマン、ゴレンジャー〈ダイナマン〉が大好きで、いつもお友達や弟と戦いごっこをして、笑ったり、怒ったり、泣いたりしてたんだよ。
今の蒼空と同じだね。
蒼空がお友達やお兄ちゃんに意地悪したり、嫌がることをしたとき、パパやママは蒼空の事を怒るけど、パパも4歳の時、川越のじいちゃんやばあちゃんにたくさん怒られていたんだから。蒼空は怒られると、すぐに「もうパパなんか大嫌い!」「もう遊ばない!」て言うけど、パパは蒼空の事が好きだから怒るんだからね。
こらからも鷲宮保育園のお友達といっぱい遊んで、いっぱい笑って、たまには怒ったり泣いたりして元気な子どもでいてね。

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2015/11 園児保護者 鈴木様

昔の思い出

私が獅生と同じ年くらいのときは、今の時代と違いゲームや携帯などなく、あそびといえば林や畑や田んぼでトンボやバッタなどつかまえたり泥だらけになってよく親に怒られました。
私の家は父母共働いていたので、幼稚園の送り迎えは祖父の自転車でした。今こうして文章を書きながら懐かしく不思議と祖父の背中が大きかった事や温かかった事、お弁当箱の感触や色、形まではっきりと覚えているのが不思議な感じです。遊び方や周りの環境も数十年前とは大きく違っていますが、獅生も大きくなったらきっと覚えていると思うよ。今を楽しく元気に過ごしてくれたらと思います。
先生方いつもありがとうございます。

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2015/10 園児保護者 小見様

幼少期の思い出

諸先生方にはいつも秀明がお世話になりまして、誠にありがとうございます。
私の幼稚園時代は両親共働きで遅くまで家にいなく、秀明と同じ歳の頃には『鍵っ子』でした。しかし毎日がとても楽しかったと覚えています。
幼稚園帰りに友人たちで作った秘密基地に寄って遊んでいました。小学生のお兄さんやお姉さんと一緒になって公園を走り回ったりしていました。家での遊びは『ファミコン』の全盛期でしたが、教育方針で全くさせて貰えません。その為、ティッシュ箱やトイレットペーパーの芯で『おもちゃ』を作って遊び、箱欲しさに新品のティッシュを全部取り出しては、ゲンコツで怒られたものです。
好奇心旺盛でいつも『なんで?』と思い、きらきらと瞳を輝かせていました。『なんで?』のままでは嫌なので、実験して周囲の大人たちを困らせていたりもしていました。小さい秀明たちの目に映るものはキラキラと輝いてるでしょうか。いろんな事に興味を持って実践して経験を積んで欲しいです。その経験をサポートするように、一緒になってキラキラした瞬間を体験していきたいですね。

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2015/09 もも組保護者 えのき様

かわいい湊一郎くんへ

湊一郎のお祖父ちゃんはお休みの日もお仕事の日が多かったため、お父さんはお休みの日に遊んでもらえないことがよくありました。だから、お父さんは出来るだけ湊一郎と遊ぶ時間を取りたいと思っています。
でも、この2年間は長期出張のため週に一回くらいしか会えませんでしたね。湊一郎には寂しい思いをさせたと思います。今でも目に焼き付いてるのは、お母さんが熱で倒れてた時に湊一郎がお母さんに毛布をかけようとする格好で寝てしまっていたその光景です。小さいながらお母さんを大事にしようとする姿にお父さんは心から嬉しく感動しました。
その出張も終わったので、思い出作りに色々な場所に出かけましょう。とお約束しようと思ったら、出張の命令が来ました。今月は帰りません。
湊一郎くん、ごめんなさい。

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2015/08 たんぽぽ組保護者 盛本様

初めての子育て

2012年11月、我が家に待望の長男が生まれました。明るく元気に、そして周りにも元気を与えられるように「昊(そら)」と名付けました。
昊が生まれ、幸せな日々を送っていましたが、私にとっても、妻にとっても初めての子育てで右も左もわからない状態でした。ミルク作り、お風呂、そして夜泣きとどれも大変でしたが、今の時期だからこそ味わえることでもあり、子供が大きくなればなくなってしまうことだと思います。これからもそう思い子育てしようと思います。
保育園に入園させていただき、子供の成長を感じております。私は消防という市民の皆様の安全を守る仕事をしているので、一日家に帰れない日もある中で、妻への愛と感謝の気持ちを忘れずに、手を携えてこれからの我が子の成長を見守ることが楽しみです。

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2015/07 たんぽぽ組保護者 相澤様

休日の過ごし方

私たちの仕事の関係で、私の娘は延長保育と早朝保育、土曜日も保育園に通わせて頂いています。その為、休日は私たちにとって大切な家族の時間であり、休日の都度、娘の成長を感じることが楽しみとなっております。
娘は外遊びが大好きなので、天気の良い日にはボール等でよく遊んでいます。保育園に通い始めた頃は自力で歩くことさえできなったのですが、おかげ様で今では靴を履き、元気に走り回ることも出来るようになりました。また音楽も大好きになりました。特に音の出る本が大好きで、リズムに合わせて体を揺らしたり、手を叩いたりして一緒に遊んでいます。
最近では表情が豊かになり、よく笑うようになりました。時にはいたずらをしたり、思い通りに行かないこともありますが、それも可愛らしくて娘と過ごせる時間を大切にしたいと感じています。

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2015/06 うめ組保護者 佐久間様

親子のコミュニケーション

早いもので、鷲宮保育園で子ども達がお世話になって6年目になりました。長女がもも組から入園をして、卒園になった春から、息子もたんぽぽ組に続いて入所することが出来ました。
母とは違い、父親は通勤時間もあり、なかなかコミュニケーションが取れずにいる中で、早く帰れた日は子ども達と一緒にお風呂に入ります。すると、保育園や学校の行事の様子や先生、お友達の事を楽しそうに話してくれます。
私が父として朝から夕まで参加できる運動会。そこでは子どもの身体の成長を直接確認できるので本当に楽しみです。
大人だけでは忘れがちな季節ごとの行事も園でたくさん行って頂いているお陰で、私共も家で楽しむことが出来ます。息子も卒園まであと2年。先生方は本当に大変な事がたくさんあると思いますが、これからもよろしくお願いします。

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2015/05 たんぽぽ組保護者 鈴木様

親子で偏食打破

私のふるさとは千葉県の八千代市で温暖なところです。
私の幼少時期は幼稚園に行くのが楽しくて毎日元気に通っていた覚えがあります。
兄や友達と暗くなるまで遊び、たくさん父に心配かけるような子どもでした。
父が休みの日には遊園地や動物園、夏には湖でキャンプをして楽しく過ごしていたことが今でも大切な思い出です。
食べ物に関しては好き嫌いが多く、今でも苦手なものがありますが、父親としては子どもたちと一緒に克服する努力をしていることです。
子どもたちには私の学んだことや大切なことを教え、時には一人で考え、時には仲間と協力し合える優しい娘に成長してほしいと願っています。
保育園の先生方には、これからも娘をよろしくお願いします。

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2015/04 もも組保護者 大久保様

初登園時の思い出

私は、幼少期、保育園に行っていなかったため、いつも母親と一緒にいて、一人でどこかへ遊びに行くことをしたことがありませんでした。私が幼稚園に初めて登園した日は、母親と別れるのが嫌で、泣きわめいてなかなか離れることができなかったことを思い出します。
そんなわたしもしばらく通園するうちに徐々に慣れ、友達と遊ぶのが楽しくなってきて、逆に家に帰るのが嫌で泣きわめいたこともありました。そんな私の娘が、初登園の時は泣かずにすんなり通えたと喜んでおります。当時の私と比べると、少しばかり恥ずかしい思いになります。

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